欢迎访问本站。
日语版论语微子第十八 Confucian Analects Les Entretiens de Confucius Confucius' Analects in Latin
子張第十九
一 子張が曰わく、士は危うきを見ては命を致たし、得るを見ては義を思い、祭には敬を思い、喪には哀を思う。其れ可ならんのみ。
二 子張が曰わく、徳を執(と)ること弘(ひろ)からず、道を信ずること篤(あつ)からずんば、焉(いずく)んぞ能く有りと為さん、焉んぞ能く亡(な)しと為さん。
三 子夏の門人、交わりを子張に問う。子張が曰わく、子夏は何とか云える。対(こた)えて曰わく、子夏が曰わく、可なる者はこれに与(くみ)し、其の不可なる者はこれを距(ふせ)がんと。子張が曰わく、吾が聞く所に異なり。君子、賢を尊びて衆を容れ、善を嘉(よみ)して不能を矜(あわれ)む。我れの大賢ならんか、人に於いて何の容れざる所あらん。我れの不賢ならんか、人将(は)た我れを距がん。これを如何(いかん)ぞ其れ人を距がんや。
四 子夏が曰わく、小道と雖ども必ず観るべき者あり。遠きを致さんには泥(なず)まんことを恐る、是(ここ)を以て君子は為(な)さざるなり。
五 子夏が曰わく、日々に其の亡(な)き所を知り、月々に其の能くする所を忘るること無し。学を好むと謂うべきのみ。
六 子夏が曰わく、博(ひろ)く学びて篤く志し、切(せつ)に問いて近く思う、仁其の中(うち)に在り。
七 子夏が曰わく、百工、肆(し)に居て以て其の事を成す。君子、学びて以て其の道を致す。
八 子夏が曰わく、小人の過(あやま)つや、必ず文(かざ)る。
九 子夏が曰わく、君子に三変あり。これを望めば儼然(げんぜん)たり、これに即(つ)けば温なり、其の言を聴けば*(はげ)し。
一〇 子夏が曰わく、君子、信ぜられて而して後に其の民を労す。未だ信ぜられざれば則ち以て己れを*(や)ましむと為す。信ぜられて而して後に諌(いさ)む。未だ信ぜられざれば則ち以て己れを謗(そし)ると為す。
一一 子夏が曰わく、大徳は閑(のり)を踰(こ)えず。小徳は出入して可なり
。
一二 子游が曰わく、子夏の門人小子、酒掃(さいそう)応対進退に当たりては則ち可なり。抑々末なり。これを本(もと)づくれば則ち無し。これを如何。子夏これを聞きて曰わく、噫(ああ)、言游(げんゆう)過(あやま)てり。君子の道は孰(いず)れをか先にし伝え、孰れをか後にし倦(う)まん。諸(こ)れを草木の区して以て別あるに譬(たと)う。君子の道は焉(いずく)んぞ誣(し)うべけんや。始め有り卒(お)わり有る者は、其れ唯だ聖人か。
一三 子夏が曰わく、仕えて優なれば則ち学ぶ。学びて優なれば則ち仕う。
一四 子游が曰わく、喪は哀を致して止む。
一五 子游が曰わく、吾が友張や、能くし難きを為す。然れども未だ仁ならず。
一六 曾子の曰わく、堂堂たるかな張や、与(とも)に並んで仁を為し難し。
一七 曾子の曰わく、吾れ諸(こ)れを夫子に聞けり、人未だ自ら致す者有らず。必ずや親の喪か。
一八 曾子の曰わく、吾れ諸れを夫子に聞けり、孟荘子の孝や、其の他は能くすべきなり。其の父の臣と父の政とを改めざるは、是れ能くし難きなり。
一九 孟氏、陽膚(ようふ)をして士師たらしむ。曾子に問う。曾子の曰わく、上(かみ)其の道を失いて、民散ずること久し。如(も)し其の情を得ば、則ち哀矜(あいきょう)して喜ぶこと勿(な)かれ。
二〇 子貢が曰わく、紂(ちゅう)の不善や、是(か)くの如くこれ甚だしからざるなり。是(ここ)を以て君子は下流に居ることを悪(にく)む。天下の悪皆な焉(こ)れに帰す。
二一 子貢が曰わく、君子の過(あやま)ちや、日月の蝕するが如し。過つや人皆これを見る、更(あらた)むるや人皆なこれを仰ぐ。
二二 衛の公孫朝、子貢に問いて曰わく、仲尼(ちゅうじ)焉(いずく)にか学べる。子貢が曰わく、文武の道、未だ地に墜ちずして人に在り。賢者は其の大なる者を識(しる)し、不賢者は其の小なる者を識す。文武の道あらざること莫(な)し。夫子焉にか学ばざらん。而して亦た何の常師かこれ有らん。
二三 叔孫武叔(しゅくそんぶしょく)、大夫に朝(ちょう)に語りて曰わく、子貢は仲尼より賢(まさ)れり。子服景伯(しふくけいはく)以て子貢に告ぐ。子貢が曰わく、諸(こ)れを宮牆(きゅうしょう)に譬(たと)うれば、賜(し)の牆や肩に及べり、室家の好(よ)きを*(うかが)い見ん。夫子の牆や数仭(すうじん)、其の門を得て入らざれば、宗廟の美・百官の富みを見ず。其の門を得る者、或いは寡(すく)なし。夫(か)の子(し)の云うこと、亦た宜(うべ)ならずや。
二四 叔孫武叔、仲尼を毀(そし)る。子貢が曰わく、以て為すこと無かれ。仲尼は毀るべからざるなり。他人の賢者は丘陵なり、猶(な)お踰(こ)ゆべきなり。仲尼は日月なり、得て踰ゆること無し。人自ら絶たんと欲すと雖ども、其れ何ぞ日月を傷(やぶ)らんや。多(まさ)に其の量を知らざるを見るなり。
二五 陳子禽(ちんしきん)、子貢に謂いて曰わく、子は恭を為すなり。仲尼、豈に子より賢(まさ)らんや。子貢が曰わく、君子は一言以て知と為し、一言以て不知と為す。言は慎しまざるべからざるなり。夫子の及ぶべからざるや、猶(な)お天の階して升(のぼ)るべからざるがごときなり。夫子にして邦家を得るならば、所謂これを立つれば斯(ここ)に立ち、これを道びけば斯に行(したが)い、これを綏(やす)んずれば斯に来たり、これを動かせば斯に和す、其の生くるや栄え、其の死するや哀(かな)しむ。これを如何ぞ其れ及ぶべけんや。
尭曰第二十
一 尭の曰わく、咨(ああ)、爾(なんじ)舜、天の暦数、爾の躬(み)に在り。允(まこと)に其の中(ちゅう)を執(と)れ。四海困窮。天禄(てんろく)永く終えん。舜も亦た以て禹に命ず。(湯(とう))曰わく、予(わ)れ小子履(しょうしり)、敢えて玄牡(げんぼ)を用(もっ)て、敢えて昭(あきら)かに皇皇后帝に告(もう)す。罪あるは敢えて赦(ゆる)さず、帝臣蔽(かく)さず、簡(えら)ぶこと帝の心に在り。朕(わ)が躬(み)罪あらば、万方を以てすること無けん。万方罪あらば、罪は朕が躬に在らん。
周に大賚(たいらい)あり、善人是れ富む。周親(しん)ありと雖も仁人に如(し)かず。百姓(ひゃくせい)過ち有らば予れ一人に在らん。
二 権量を謹み、法度を審(つまびら)かにし、廃官を修むれば、四方の政行なわれん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民、心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪(そう)・祭。
三 寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功あり、公なれば則ち説(よろこ)ぶ。
四 子張、孔子に問いて曰わく、何如(いか)なれば斯れ以て政に従うべき。子の曰わく、五美を尊び四悪を屏(しりぞ)ければ、斯れ以て政に従うべし。子張が曰わく、何をか五美と謂う。子の曰わく、君子、恵して費(つい)えず、労して怨みず、欲して貪(むさぼ)らず、泰(ゆたか)にして驕(おご)らず、威にして猛(たけ)からず。
子張が曰わく、何をか恵して費えずと謂う。子の曰わく、民の利とする所に因りてこれを利す、斯れ亦た恵して費えざるにあらずや。其の労すべきを択んでこれを労す、又た誰をか怨みん。仁を欲して仁を得たり、又た焉(なに)をか貪らん。君子は衆寡と無く、小大と無く、敢て慢(あなど)ること無し、斯れ亦た泰にして驕らざるにあらずや。君子は其の衣冠を正しくし、其の瞻視(せんし)を尊くして儼然たり、人望みてこれを畏る、斯れ亦た威にして猛からざるにあらずや。
子張が曰わく、何をか四悪と謂う。子の曰わく、教えずして殺す、これを虐(ぎゃく)と謂う。戒めずして成るを視る、これを暴と謂う。令を慢(ゆる)くして期を致す、これを賊と謂う。猶(ひと)しく人に与うるに出内(すいとう)の吝(やぶさ)かなる、これを有司と謂う。
五 孔子の曰わく、命を知らざれば、以て君子たること無きなり。礼を知らざれば、以て立つこと無きなり。言を知らざれば、以て人を知ること無きなり。
感谢您访问本站。